中央銀行デジタル通貨

原文:Central Bank Digital Currency

要旨中央銀行デジタル通貨(CBDC)構想について分析します。私たちは、この概念を2つの考え方に分けて分析します。i) 物理的な現金を禁止することと、ii) リテール顧客が中央銀行に直接預金できるようにすることです。この2つの政策は、いくつかの点で互いに補完し合うものですが、両者の経済的帰結は大きく異なります。前者は信用拡大の増大をもたらし、後者は信用収縮をもたらすでしょう。一般人が中央銀行に電子預金を保有することを可能にするスキームには、デフレ的要素があるため、金融規制当局が、これらのCBDCスキームを何らかの有意義なかたちで実現する可能性は低いと考えられます。

概観

ここ1年ほどの間、中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する話題はかなり注目を集めています。CBDCに対する解釈の一つ目は、単に物理的な現金を禁止し、それによってすべてのお金を電子化するというものです。物理的な現金はすでに非常に希少な存在となっているため、少なくとも一定の法域では、既存の電子マネーインフラストラクチャに大きな変更を加えることなく、これを達成することができるでしょう。CBDCに対するより一般的なもう一つの解釈は、一般人が中央銀行に直接電子預金を保有できるようにするというものです。これは、現金を禁止するという前者の政策を補完するものになるか、現金は引き続き存在するなかで、独立した代替手段として機能する可能性があります。

まず、CBDCの経済的解釈を検討した上で、次に、技術的解釈について検討します。これは、「ブロックチェーン技術」または「分散型台帳技術」(DLT)の側面を用いた金融機関構想にしばしば関係するものです。経済的な解釈と技術的な解釈は、しばしば誤って混同して論じられますが、私たちの見解では、これらは完全に別々に論じられるべきものです。CBDCは、ブロックチェーン技術がなくても、ほぼ完全に達成することが可能ですし、ブロックチェーン技術のメリットは、CBDCとは独立して実現することができます。

経済的側面

この提案の有効性を評価する前に、グローバル金融システムの仕組みを理解することが重要です。この話題については、2017年10月に触れました。現代経済の主な原動力は、信用サイクルであり、すなわち、商業銀行がバランスシートを拡大するのか、縮小するのかということになります。銀行は、新たな融資を行うことで貸借対照表を拡大します。つまり、銀行にとっての新たな資産(ローン)と新たな負債(対応する預金)を生み出すのです。流動性の観点からすると、ある経済圏における大手預金銀行では、貸し出した資金が、預金として自動的に自らの銀行に戻ってくるため、ほとんど何の制約もなく新たなローンを生み出す能力があるということになります。

現在、上記の例外が1つあります。それは、預金者は、物理的な現金のかたちで銀行から預金を引き出すことができるというものです。この場合、銀行は、準備金から資金を調達する必要があります。したがって、一般人が、銀行システムから物理的な現金のかたちで資金を引き出してしまえば、銀行の新たな融資を行う能力は制約されることになります。もちろん、信用拡大に対しては、資本比率規制など、ほかにも非流動性ベースの制約はあります。

ただし、国際電信送金による銀行からの資金の引き出しは、大銀行の融資能力を制約するものではないという点に留意する必要があります。外貨の購入は双方向取引であり、一方の当事者が現地通貨を販売するとき、もう一方の当事者は買い手となります。この買い手は、同じ大銀行に、その資金を預金として(おそらく間接的に)保持します。このため、物理的な現金は、ややユニークな立場にあり、システム全体の観点からすると、ある経済圏における大手銀行の流動性ニーズをテストできる唯一の方法だと言えます。もちろん、これはかなり弱いテストです。 様々な理由(例えば、セキュリティ)から、誰も物理的な現金のかたちで数百万ドルを引き出したいとは思わないでしょうから、大手銀行は非常に強力な立場にあり、ローンを行う彼らの決定が、現代の経済サイクルの主な原動力となっているのです。

こうした枠組みにおいて、CBDCの2つのカテゴリ、すなわち、現金を禁止することと、リテール顧客が中央銀行に直接預金をできるようにする、という2点について分析する必要があります。現金を禁止すれば、銀行に残された唯一の流動性制約がなくなるため、銀行は、ほぼ思いのまま信用を拡大し、新たなお金を生み出せるようになります。一方、一般人が中央銀行に電子預金を行えるようになれば、人々に、商業銀行システムから脱退するための非常に強力な方法を提供することになり、銀行の信用創造能力は大きく制約される可能性があります。

可能性として考えられるCBDCの経済的解釈

政策

商業銀行への影響

経済への影響

物理的な現金の禁止

銀行のバランスシートの拡大

インフレ

一般人が中央銀行に預金口座を直接保有できるようにする

銀行のバランスシートの縮小

デフレ

物理的な現金の禁止

私たちは、2つの政策のうち、物理的な現金の禁止は中期的に起こる可能性が高いと考えています。少なくとも、現金の禁止は、他の政治的・経済的トレンド、すなわち以下のトレンドとある程度一致していると考えられます。

  • 実験的・拡張的金融政策の増加
  • 国家による監視強化
  • インターネットと電子システムの利用拡大
  • 銀行システムに対する保護レベルの向上
  • 国家権力の拡大

物理的現金禁止に賛成の根拠

物理的現金禁止に反対の根拠

  • 犯罪防止
  • 脱税防止
  • 中央銀行の政策に柔軟性をもたらし、金利政策における下限制約を取り除く
  • 取り付け騒ぎを防止し、銀行システムの安定性を高める
  • 通信システムや電力システムが停止すると、経済取引ができなくなるため、経済の堅牢性が低下する
  • プライバシーが低下する
  • 商業銀行に対する必要不可欠な経済的チェックがなくなる
  • カウンターパーティ・リスクのないかたちで流動資産を保有したい消費者にとって、資産の安全な避難先がなくなる

現金を禁止することに賛成する最も重要な根拠は、おそらく犯罪者による現金の利用です。この問題に関するデータには、非常に説得力があります。米国政府のデータによると、米国の現金における100ドル札の比率は、1976年には約25%だったが、今日では約80%となっており、これは高額紙幣に対する人気が犯罪者の間で高いためです。

中西部のような100ドル紙幣の需要がほとんどない地域もありますが、フロリダ州、カリフォルニア州、テキサス州などの国境近辺の州では、非常に興味深い特徴があることが分かりました。それらの地域は、基本的に、ドラッグ売買や人身売買と非常に関係が深いのです。これらの地域では、何十年にもわたって、そうしたことが路上で行なわれてきました。そうした活動は[国境近くの州に]持ち込まれ、そこで得られた資金は、銀行システムを通じて、比較的他国に持ち出しやすい高額紙幣に返還されます。

(出典: James Henry – コロンビア大学 持続可能開発センター シニアフェロー)

Kenneth RogoffはIMFの元チーフ・エコノミストであり、少なくともまずは高額紙幣を禁止し、その後段階的に現金を禁止することを支持する著名な人物です。彼もまた、現金の犯罪的利用が、現金に反対する主な理由だとしています。

高額紙幣は、犯罪において大きな役割を果たしているに過ぎません。犯罪を行う方法はほかにもたくさんあります。ノーカットダイヤモンドを使用することもできますし、金貨を使用することもできます。仮想通貨を使用することもできます。しかし、これらの方法は実際の経済活動において使うのが容易ではないため、紙幣と全く同じように考えるわけにはいきません。

(出典: Ken Rogoff

もちろん、金融政策に関しても同じようなことが言えます。

金利がゼロになれば、それ以上どうしようもありません。大不況のピーク時に、ちょっと景気を上向かせたり、インフレ率を上げたり、雇用を確保したりするために、マイナス金利にできたらよかったのにと主張するエコノミストや中央銀行の研究者はたくさんいます。マイナス2%とか、マイナス4%でいいのです。なぜ彼らは、本気でそのような方法を検討しなかったのでしょうか?それは、紙幣が存在するからです。金利を本当にマイナスに設定し、人々がそのような状態が長期間続くと考えれば、人々はまず現金を手に入れようと躍起になるでしょう。そして、それ以上金利が下がらないため、その政策自体が骨抜きになってしまうでしょう。また、それほど多くの現金が市中に出回れば、あらゆる混乱を作り出すでしょう。中央銀行が心配しているのは、そういうことです。

(出典: Ken Rogoff

しかし、Rogoffでさえ、現金には、電子システムでは太刀打ちできないいくつかの強力な利点があると高く評価しています。すなわち物理的システムには高度な堅牢性があり、彼の言葉を借りれば、嵐の中で機能できるだけの力があるということです。

私なら、小額紙幣は残します。なぜなら、私たちは、嵐やプライバシー、また小口取引に関して、どうすべきかという問題を解決するにはほど遠い状況にあるのです。子どもにお菓子を買いにやらせたいが、クレジットカードは持たせたくないという場合もあるでしょう

(出典: Ken Rogoff

物理的な現金に反対する理由をより詳しく説明したものとして、Ken Rogoffの本、The Curse of Cash(現金の呪いをお勧めします。短期的には、現金を禁止する可能性は低いと考えられますが、特に電子決済システムが人気を集め、犯罪に現金が利用される割合が増え続けるなら、こうした考え方が、次第に政治的牽引力を得るようになることは容易に理解できます。

このような政策は、もちろんビットコインのような電子現金システムにとってプラスになるでしょう。米ドルは本質的に電子マネーシステムであり、双方向のペギング、匿名性、信用リスクフリー、検閲耐性を持つ、非常に広範に採用された物理的な現金と呼ばれるサイドチェーンなのです。こうした性質により、米ドルは、ビットコインのような電子現金システムと比較すると、非常に大きな強制力があります。この物理的な「サイドチェーン」がなくなれば、ビットコインの相対的な魅力は大いに高まるでしょう。

一般人が直接利用可能となる中央銀行口座

現在は、大手金融機関のみが中央銀行に電子預金を持つことができます。これには、通常、銀行、信用組合、ブローカーディーラー、決済サービスプロバイダーが含まれます。この政策の背後にある考え方は、この特権的な地位を一般人に拡大するというものです。もちろん、一般人もすでに中央銀行に預金を持っていますが、それは物理的には現金を介してのみです。この新たな政策は、一般人が中央銀行に電子預金を持つことができるようにするものです。

賛成論

反対論

 

  • 中央銀行は、商業銀行にこのサービスを提供しているが、一般人は利用できない。これは「不公平」であり、経済的不均衡を引き起こしていると主張することができる。
  • この政策により、信用をより多く利用できる人々に有利になるような歪んだ社会を、より公平なものになる可能性がある
  • 小口支払がより迅速に行える可能性がある。
  • 資本主義社会では、政府は非効率になりがちなので、銀行サービスは商業目的の民間銀行に委ねるべきである。
  • 取り付け騒ぎが起る可能性がある。
  • プロジェクトが資金調達できなくなるにつれ、経済成長の減速につながる可能性がある。

上記で説明した通り、私たちの見方では、この政策は、現金の禁止とは異なり、収縮的性質を持つため、現在ほとんどの国が示している政治的、経済的傾向とは逆です。英国中央銀行は、最近、2020年3月のある報告書において次のように述べています。

多額の預金残高が商業銀行からCBDCに移管された場合、それは、商業銀行とイングランド銀行のバランスシート、銀行がより広範な経済圏に提供する信用量、銀行による金融政策および金融安定策の実施方法に影響を与える可能性があります。ただし、CBDCはこれらのリスクを軽減するようなかたちで設計することも可能です。

出典: イングランド銀行

このレポートは以下のように続きます。

ストレスの多い期間や金融が不確実な期間に、家計や企業が、CBDCの方が商業銀行預金よりもリスクが低いと考えた場合(リテール預金者が金融サービス補償制度(FSCS)の保護を享受しているにもかかわらず)、安全資産に殺到する動きは、より広範なシステムを不安定にする引き金となる可能性があります。その意味において、預金からCBDCに急速に移行する期間には、銀行取り付け騒ぎが生じることが予想されます。今日、こうした事態が生じるとすれば、原則的には、預金から現金への移行を意味しますが、現金への移行は、多額の現金の引き出しと保管が実用的に困難であり、コストが掛かることから、限定的です。

こうした理由から、私たちは、少なくともほとんどの法域では、そのような政策が受入れられないと考えています。

エクアドル

上記のアイデアはやや極端に見えるかもしれませんが、これと似たような実験が、以前エクアドルで行なわれたことがあります。2015年、CNBCは、「エクアドルは、世界で初めて、独自のデジタル通貨発行国になります」と報道しました。 

1990年代後半、エクアドルはハイパーインフレに苦しみ、その結果、ドル化が行なわれました。現地通貨であるスクレの流通は、国が正式に米ドルを採用して以来(2000年9月)、行なわれなりました。このため政府は、2015年にデジタルのみの通貨を創設しました。この時、同国の主要通貨である米ドルは、米国政府が発行した通貨と共に、まだ物理的に利用可能でした。デジタルマネーシステムは、エクアドル政府によって発行された米ドル建てでした。このため、電子マネーシステムは、エクアドル政府の信用リスクに晒されており、これと同一の信用リスクを持つ物理的な現金は存在しませんでした。これは、このレポートで説明したカテゴリに完全に当てはまる事例ではありませんが、ある程度類似していると言えます。

このシステムは、ユーザーからの需要が不足したため、2018年、ついにシャットダウンしました。2014年にこのスキームを分析した学者、ローレンス・ホワイトは次のように指摘しています。

国家政府が、モバイル決済システムを、ボーダフォンのような民間企業よりも効率的に運営できると信じるに足る理由はどこにもない

(出典: 通貨のドル化と自由選択

結局、政府は、このプロジェクトで、約800万ドルの費用を支出したと推定されており、他の中央銀行に教訓を提供すること以外に、多くのことを達成したとは言えないでしょう。

スウェーデン

もう一つの興味深い事例は、スウェーデンです。2009年、犯罪集団がヘリコプターを使って現金庫を大胆に襲撃し、数百万ドル相当のスウェーデン・クローナを盗みました。一部のエコノミストは、この事件はスウェーデンを驚かせ、この種の暴力犯罪を阻止するため、現金に反対する方向に世論をある程度傾かせたと考えています。スウェーデンは、取引比率においても、準備金比率においても、世界で最も現金使用比率の低い国の一つです。スウェーデン中央銀行によると、同国のGDPに占める現金の比率は、米国の約7%、EUの9%に対し、2%を下回っています。スウェーデン中央銀行は、すでに高額紙幣を流通から引き上げており、現金使用量は急速に減少しつつあります。

購買活動における現金の利用比率は、2010年には39%でしたが、2018年にはわずか13%になりました。電子決済に移行する消費者が増えるにつれ、最終的には、小売業者が現金を受け入れメリットはなくなります。この傾向が続けば、数年後のスウェーデンでは、現金が、家計や小売業者など、一般には受け入れられなくなるかもしれません

(出典: スウェーデン中央銀行

2017年以来、スウェーデン中央銀行は、流通から物理的な現金を引き上げることの補完策として、CDBCプロジェクトであるEクローナプロジェクトという試みについて調査してきました。2020年2月現在、同行はアクセンチュアと提携し、パイロットEクローナシステムを提供しています。パイロット文書では、「ブロックチェーン技術」の利用について説明しています。

この技術的ソリューションは、分散型台帳技術(DLT)に基づくもので、しばしばブロックチェーン技術と呼ばれています。

出典: スウェーデン中央銀行

私たちは、ブロックチェーンという用語の使用は、プロジェクトが実際の導入とはほど遠い状況にあることを示す兆候かもしれないと見ています。私たちは、このプロジェクトは継続すると予測していますが、イングランド銀行が思慮深くも、最新のレポートから同用語を削除したように、スウェーデン中央銀行も分散型台帳技術(DLT)とブロックチェーンへの言及を避けるでしょう。

私たちは、CBDCは分散型台帳技術(DLT)を使用して構築されなければならないとは考えておらず、従来の一元化された技術で構築できないという理由は、特に見当たりません

出典: イングランド銀行

とは言うものの、スウェーデンの政治的、経済的状況と、スウェーデン政府がこの政策を強く支持するスタンスにあることを考えると、次にCBDCを立ち上げる国は、スウェーデンかもしれません

結論

ビットコイン、ブロックチェーン技術、テザーのような安定したコインは、この約1年間のCBDC構想に対する関心の高まりの一因であると考えられます。最近、国際決済銀行イングランド銀行スウェーデン国立銀行欧州中央銀行は皆、この構想に関する研究を発表したり、この構想をもてあそんでいます。

CBDCに対する関心の推移

(出典: Google トレンド)

スウェーデンのような小規模で裕福な法域では、CBDCは限定的な成功を収めるかもしれませんが、最終的には、商業銀行を取り付け騒ぎから守ることが、他のすべての検討事項よりも優先されるでしょう。したがって、私たちは、CBDCが、重要な法域において、何らかの有意義な方法で発展する可能性は低いと考えています。少なくとも、現在のように金融危機的な状況下では、非常に拡大的な金融政策が続くと予想されます。