BitMEX保険基金

原文:The BitMEX Insurance Fund – BitMEX Blog

要旨:この記事では、BitMEXの保険基金が必要な理由と、それがどのように運用されているかということを説明します。BitMEXの保険基金モデルを、従来のレバレッジ市場(例えば、シカゴ・マーカンタイル取引所)で利用されているシステムと比較します。結論としては、レバレッジと損失限定機能を提供する仮想通貨取引プラットフォームは、従来の機関投資家用取引プラットフォームと比較して、いくつか固有の問題に直面していると言えます。しかし、BitMEXの保険基金の増大により、勝ちトレーダーが期待利益を獲得できるよう、合理的なレベルでの確実性を提供しています。


(BitMEX 共同創業者兼CEO Arthur Hayes (左)と シカゴ・マーカンタイル取引所会長兼CEO Terrence Duffy (右))


レバレッジ・トレーディング・プラットフォーム

BitMEXなどのデリバティブ取引プラットフォームで取引する際、トレーダーは、そのプラットフォームを相手に取引するわけではありません。BitMEXは、サードパーティ間でのデリバティブ取引の仲介者に過ぎません。BitMEXプラットフォームの主な機能は、レバレッジ機能で、トレーダーがビットコインを入金すると、レバレッジを掛けて(理論的には最大100倍まで)、入金したビットコインの額をはるかに上回る想定ポジション額で取引できるようにするものです。

レバレッジ機能とトレーダー同士が互いに取引できるような仕組みを同時に提供するということは、勝ちトレーダーが期待利益をすべて回収できるとは限らないということを意味します。レバレッジがあるため、敗者が、勝者に支払うために必要な証拠金を十分に持っているとは限らないからです。

次の単純化された例を考えてみましょう。このプラットフォームには、互いに取引する2人の顧客がいるとします。

トレーダー A トレーダー B
取引の方向 ロング ショート
マージン 1 BTC 1 BTC
取引執行価格 $3,500
レバレッジ 10x 10x
想定ポジションサイズ 10 BTC 10 BTC
現在のBTC価格 $4,000
期待利益 $5,000 ($5,000)

上記の例では、勝ちトレーダーAは、5,000ドルの利益を上げることを期待しています。この利益額は、負けトレーダーBが取引の担保として設定した資本額を上回ります(1ビットコインは4,000ドルに相当します)。そのため、トレーダーAは1 ビットコイン(4,000ドル)の利益しか得られず、おそらく少しがっかりするでしょう。

従来の取引

一方、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)などの従来の取引所では、BitMEXなどの仮想通貨プラットフォームほどの問題は生じません。従来のレバレッジ取引の場には、最大五重の補償機能が用意されており、勝者は期待利益を確実に得ることができます。

  1. トレーダーが、自分のアカウントにある担保よりも大きな損失を発生させてしまい、その結果、アカウントの残高がマイナスになった場合、自分のアカウントに資金を追加投入して、このポジションに資金を供給する必要があります。トレーダーにとってそれが不可能であるか、あるいはそれを望まない場合は、ブローカーはトレーダーに対して法的手続きを開始し、資金を強制的に提供させるか、破産の申し立てを行わせます。トレーダーはブローカーを使わなければなりません。ブローカーが各顧客のバランスシートと資本を評価し、各顧客のリスクの評価に応じたレバレッジを提供するためです。
  2. 従来のデリバティブ市場では、トレーダーは通常、トレーディングプラットフォームに直接アクセスすることはできず、ブローカー(清算会員)、例えばJP モルガンやゴールドマンサックスなどの投資銀行を通じて市場にアクセスします。トレーダーが損失を抱え、借金を返済できない場合は、ブローカーが取引所に支払い、カウンターパーティーに損失が発生しないようにしなければなりません。このため、取引所から見ると、こうしたブローカーは清算会員と呼ばれることがあります。
  3. 清算会員の債務不履行が発生した場合は、しばしば集中決済機関自体がカウンターパーティーに弁済しなければなりません。たいていの場合、清算および決済は、取引所を運営する事業体とは異なる事業体によって運営されています。クリアリングハウスは、清算会員の債務不履行に備えるため、通常、様々な保険基金や保険商品を保有しています。
  4. 清算会員が失敗し、集中決済機関も資金が不足している場合、場合によっては、支払能力のある他の決済会員が資金を提供することになります。
  5. 大手クリアリングハウスの多くは(そしておそらく大手ブローカーでさえ)、金融規制当局から、世界の金融システムにとって、仕組み上、重要な存在であるとみなされています。したがって、主なクリアリングハウスが機能しなくなる可能性が高いと思われるような最悪のシナリオでは、金融システムの完全性を保護するために、政府がトレーダーに介入して、救済する場合があります。通常、トレーダーや金融機関は、特に金利スワップ市場において、多額の想定ポジション(数兆米ドル)を、別のポジションや商品に対してヘッジした状態で保有します。このため、主たるクリアリングハウスに常に支払い能力があることが重要で、さもなくば、金融システム全体が崩壊する可能性もあります。

CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)

CMEは、世界最大のデリバティブ取引所であり、年間の想定取引量は1兆米ドルを上回ります。これは、BitMEXの1,000倍以上の大きさです。CMEには、清算加盟国の債務不履行が発生した場合に備えて、セーフガードと保険がいくつか用意されています。資金はさまざまな方法で調達されています。

  • CMEからの寄付
  • 清算会員からの寄付
  • 会員の債務不履行時には清算基金から償還される、清算会員が発行した債券。

CMEクリアリングのさまざまなセーフガードと保険基金(2018年)

ベース・ファイナンシャル・セーフガード・パッケージ
保証基金の拠出金 $4.6 billion
指定企業献金 $100 million
アセスメント・パワー $12.7 billion
IRS ファイナンシャル・セーフガード・パッケージ
保証基金の拠出金 $2.9 billion
指定企業献金 $150 million
アセスメント・パワー $1.3 billion

(出典:CME)

例外的なケースですが、保険基金が枯渇した場合に、破綻した会員の費用を賄うために、破綻していない清算会員に対して「アセスメント・パワー」を適用する権限がCMEにはあります。アセスメント・パワーの額は、会員のデフォルト1件あたり、各清算会員保証基金の2.75倍が上限となります。

上記の表の保険基金の規模に基づけば、CMEはさまざまな保険基金に約220億米ドルを保有していることになります。これは、CMEにおける年間取引想定元本額の約0.002%に相当します。

現在、BitMEXやレバレッジを提供するその他の仮想通貨取引プラットフォームは、CMEなどの従来の取引所と同じような保護策を、勝ちトレーダーに提供することはできません。仮想通貨取引は、リテール主導の市場であり、顧客は、プラットフォームに直接アクセスすることを期待しています。また、仮想通貨取引プラットフォームは、リテール顧客にとって魅力的な、損失リスクに対するキャップ機能を提供しています。このため、仮想通貨取引所が顧客を追い詰めることはなく、口座残高がマイナスの顧客から支払いを求めるようなことはありません。BitMEXなどのレバレッジを利用した仮想通貨取引プラットフォームでは、クライアントに魅力的な提案を行います。たとえば、変動の激しい原資産に対して損失リスクを限定すると同時に、無制限の利益享受を可能にします。ただし、場合によっては、勝ちトレーダーが期待する利益を支払うだけの資金がシステムにない場合は、トレーダーがその期待利益を諦めなければなりません。

BitMEX 保険基金

この問題を軽減するために、BitMEXは、負けトレーダーの損失負担を限定しつつも、勝者が期待利益を確実に受け取れようにするための保険基金システムを開発しました。

トレーダーがレバレッジの掛かったオープンポジションを保有している場合、維持証拠金が少なすぎると、そのポジションは強制的にクローズされます(すなわち清算されます)。従来の市場とは異なり、トレーダーの損益は、市場でポジションがクローズされたときの実際の価格を反映するわけではありません。BitMEXでは、トレーダーが強制的に清算された場合、そのポジションに関連するエクイティは常にゼロになります。

取引ポジションの事例
取引の方向 ロング
マージン 1 BTC
ビットコイン価格(参入時) $4,000
レバレッジ 100x
想定ポジション額 100 BTC = $400,000
想定ポジションに対する維持証拠金比率 0.5%

上記の例では、トレーダーはレバレッジが100倍のロングポジションを保有しています。ビットコインの時価が0.5%(3,980ドルまで)低下すると、ポジションは清算され、100 ビットコインのポジションを市場で売却する必要があります。清算されたトレーダーから見ると、この取引がどのような価格で実行されるかは問題ではありません。その価格が3,995ドルであろうが、3,000ドルであろうが関係なく、いずれにしても、自分のポジションにおいて保有していたエクイティの全額を失い、1ビットコインすべてを失うことになります。

たとえば、流動性の高い市場があると仮定すると、ビッドとアスク間のスプレッドは維持証拠金よりも狭くなるはずです。このシナリオでは、清算が生じると、保険基金への拠出金がもたらされ(例えば、維持証拠金が50bp(ベーシスポイント)であるのに対し、市場は1 bpであった場合)、ポジションが清算されると、保険基金は維持証拠金とほぼ同額だけ増えることになります。したがって、健全な流動性市場が存続する限り、保険基金は着実なペースで増大し続けるのです。

以下の2つのチャートは、上記の例を説明したものです。最初のチャートでは、清算時の市況は健全で、ビッドとアスクのスプレッドは狭く、わずか2ドルです。このため、クロージング取引は破産価格(証拠金残高がゼロとなる価格)よりも高い価格で行われ、保険基金の利益となります。2番目のチャートでは、清算時のビッドとアスクのスプレッドが拡大しています。クロージング取引は破産価格よりも低い価格で行われるため、勝ちトレーダーが期待利益を確実に受け取るために保険基金が使われます。このようなことはめったに起こらないように思えるかもしれませんが、特に価格のボラティリティが高いときには、健全な市況が続く保証はありません。そういう場合、保険基金は、積み上げ期間よりもはるかに早く枯渇することになります。

保険基金が増加する場合の例 – 1 BTC担保付きのレバレッジ100倍のロング

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(注:上図は、1BTCあたり4,000ドルのロングポジションを100倍のレバレッジで、1ビットコインの担保付きで保有した場合を示したものです。このチャートはかなり単純化したもので、料金やその他の調整などの要素を無視しています。ビッド価格とオファー価格は、清算時の売買板の状態を表します。クロージング価格は3,978ドルで、清算時は3,979ドルであることから、ビッド価格と比較して1ドルのずれがあります。)

保険基金が減少する場合の例 – 1 BTC担保付きのレバレッジ100倍のロング

https://blog.bitmex.com/wp-content/uploads/2019/02/Screenshot-2019-02-05-at-10.05.20-2.png

(注:上図は、1BTCあたり4,000ドルのロングポジションを100倍のレバレッジで、1ビットコインの担保付きで保有した場合を示したものです。このチャートはかなり単純化したもので、料金やその他の調整などの要素を無視しています。 ビッド価格とオファー価格は、清算時の売買板の状態を表します。クロージング価格は3,800ドルで、清算時は3,820ドルであることから、ビッド価格と比較して20ドルのずれがあります。)

BitMEXの保険基金は、ビットコインの現在の直物価格に基づけば、現在約21,000 BTC、約7000万米ドルあります。これは、BitMEXの想定年間取引量、約1兆米ドルのわずか0.007%に相当します。これは取引量比で考えれば、CMEの保険基金よりわずかに高い比率ですが、BitMEXでの勝者はCMEトレーダーよりもはるかに大きなリスクに晒されています。

  • BitMEXは、資産総額の大きな清算会員を持たず、トレーダーは互いのリスクに直接晒されています。
  • BitMEXは、口座残高がマイナスのトレーダーからの支払いを要求しません。
  • BitMEXの原資産商品は、CMEで取引可能な従来の金融商品よりも変動が激しいものです。

オートデレバレッジング

保険基金が枯渇した場合、勝者は、利益として受け取る権利がある額を、必ずしも受け取れるわけではありません。むしろ、上述のように、勝者は敗者の損失を補うために寄付をする必要があります。BitMEXでは、このプロセスをオートデレバレッジングと呼んでいます。

BitMEX ビットコイン永久スワップ取引において、2017年3月以来、オートデレバレッジングは発生していません。2017年3月初旬、SECは、ウィンクルボスのビットコインETFの申請を却下しました。その日、市場は5分で30%下落しました。価格の急落により、保険基金は完全に使い果たれてしまいました。多くのXBTUSDのショートが、オートデレバレッジングされ、その利益は限定されました。

その後、BitMEXの保険基金はかなり増えましたが、仮想通貨取引は不安定で不確実な世界です。現在はそれなりに流動性が高い健全な期間ではありますが、私たちの見解では、今後、ビットコイン価格が急激に変動する可能性があります。BitMEX ビットコイン永久スワップ契約でも、オートデレバレッジングが再び発生しないとは言い切れません。

保険基金データ

保険基金の絶対額は増加していますが、下のチャートが示す通り、BitMEXトレーディングプラットフォームにおける他の指標、例えばオープンインタレストに比べれば、増加はそれほど顕著ではありません。

BitMEX 保険基金 – 2018年1月以来の日々のデータ

https://blog.bitmex.com/wp-content/uploads/2019/02/ins-fund.png

(出典:BitMEX)

BitMEXビットコイン永久スワップ・オープンイントレストに対するBitMEX保険基金 –  2018年1月からの日々のデータ

https://blog.bitmex.com/wp-content/uploads/2019/02/ins222fund.png

(出典: BitMEX)

インセンティブ

保険基金に資金が残っていれば、システムは、清算させられた人が清算金を支払う、すなわち、敗者が敗者のために支払うという原則にしたがって作動します。このアプローチは何か奇抜なものに思われるかもしれませんが、ある意味、ある程度公平であり、上述の新たなタイプのモデルにはない部分です。なぜ危険なレバレッジに手を出さないトレーダーが、リスクを冒してレバッジに手を出したトレーダーの弁済をしなければならないのかという疑問が残ります。

結論

ビットコインの総供給量の約0.1%に相当する21,000ビットコインが、保険基金内に存在するように思われるかもしれませんが、BitMEXは、勝者に対して、従来のレバレッジ取引プラットフォームほどしっかりとした保証を提供することはできません。保険基金はかなりの規模に達しましたが、それは、変動が激しく、予測不可能なでこぼこ道を渡っていかなければならない仮想通貨の世界で、勝ちトレーダーが自信を持って歩んで行けるほど大きな額ではありません。このようにボラティリティを考えれば、保険基金が再びゼロまで落ち込む可能性はないとは言えません。