マイニングインセンティブ(パート4):半減期の影響

原文:Mining Incentives (Part 4): The Impact Of The Halvening

要旨:数週間後に予定されているブロック報酬の半減期が、ビットコインマイニングに与える影響を評価します。一定のビットコイン価格を想定し、取引手数料の影響を排除すると、マイニング産業の収益は約50%減少するはずです。しかし、必ずしもこれが、ネットワークハッシュレートにも当てはまるとは限りません。ネットワークハッシュレートの低下は、ブロック報酬の減少だけではなく、難易度調整メカニズムとマイニング産業の構造との相互関係にも左右されます。現在の業界構造を前提とし、ビットコイン価格が不変であると仮定すると、ネットワークハッシュレートは、半減期により、約30%から35%低下する可能性があると予測することができます。

 

 

概観

ブロック報酬が12.5ビットコインから6.25ビットコインに低下する、3回目のビットコインブロックの半減期が、わずか数週間後に迫っています。このことが、ビットコイン価格とビットコインマイニングの両者に与える影響について、多くの方からお問い合わせをいただきました。本レポートでは、そのうち後者の質問、すなわち、マイニングへの影響に焦点を当てます。取引手数料の影響を除けば、マイナーへの影響は、ビットコイン価格が突然50%下落した場合と、ほぼ同じになるはずです。

ビットコインの価格が急激に50%下落すると、マイニング産業の規模が50%縮小するはずだと考える人がいるかもしれません。これは、業界の収益に関しては正しく、他のすべての条件が等しいと仮定すると、半減期後、マイニングの収益は約50%減少するはずです。このため、業界にとっては、非常に厳しい時代に突入することになります。しかし、これは、マイナー数やハッシュレートが50%低下することを意味するものではなく、難易度調整の問題があるため、状況は複雑です。ハッシュレートに対する半減期の効果を評価するには、難易度調整とマイニング産業の構造の両方を考慮する必要があります。それは、これらの相互関係的なダイナミクスであり、この報告書のテーマでもあります。

マイニングインセンティブについては、これまでにも幅広く報告してきましたが、今回のレポートは、この問題に関する4番目のレポートとなります。

  1. マイニングインセンティブ(パート1):難易度の経済学
  2. マイニングインセンティブ(パート2):なぜ中国が、ビットコインマイニングにおいて優勢なのか?
  3. マイニングインセンティブ(パート3):短期対長期

マイニングインセンティブ

一般的に言って、短期的には、事業収益が総限界生産コストを上回る場合、その事業は継続すべきです。つまり、生産高によって変動するコストを、収益が上回っている場合です。このようなシナリオでは、事業は利益を上げないかもしれませんが、固定費の支払に貢献している限り、事業を継続するのが合理的です。

ビットコインをマイニングする場合、限界コストは、採掘されるビットコインの数によって決まる電気などのコストです。固定費とは、マイニング設備に対して掛かる家賃や毎年かかる設備投資などで、生産高に関わりなく、ずっと変わらずに発生するコストです。ビットコインの価格が下がると、理論的には、マイニング収益が、限界コスト(電気)を上回る限り、マイニングは継続すべきです。機器の電源を切るかどうかの判断において、機器がもともといくらだったか、あるいは赤字操業であるかどうかという点は重要ではありません。これらは埋没費用であり、重要なのは限界コストです。私たちは、この考え方を念頭に置いて、ビットコインのマイニング産業のコスト曲線を分析します。

マイニングコスト曲線

コモディティ鉱業における限界生産コストの重要性を考えれば、市場のダイナミクスや価格の変化に応じて、供給がどのように変化するかを評価するには、業界全体のコスト曲線の形状を理解することが重要でしょう。例えば、金の場合、金価格の下落が、業界の供給に与える影響を評価することができます。そのために必要なのは、コスト曲線チャートを横切る水平線を新たに引くだけです。チャートの右側の高コスト供給の部分では、金価格が低下したことにより、価格低下後の新たなラインを上回るコストが生じることになり、最終的には市場から排除されることになります。このことは、下記図 1 の赤線で示されています。

1 – 金鉱業コスト曲線

 

 

(出所:Goldcorp)

もちろん、ビットコインの場合、価格が変化しても供給は変わりませんが、ハッシュレートは変化します。ビットコインの場合、難易度調整があるため、価格変化がハッシュレートに与える影響を見積もることは、新しい水平線を描くといった単純なものではありません。マイニングインセンティブに関する最初のレポートで説明したように、マイナーが業界から撤退するにつれて、難易度は低下傾向に調整され、コスト曲線の形状に影響を与えます。したがって、ビットコイン価格の変化の影響を評価する場合、単にチャートに新しい水平線を引くのではなく、新たなコスト曲線を描く必要があります。

下の3つのチャートでは、ビットコイン価格が50%(半減)と、急激に下落した場合、ネットワークハッシュレートにどのような影響があるかを評価しました。各シナリオにおいて、ビットコイン価格を表す新たな水平線と新たなコスト曲線の両方を描きます。

以下の例では、コスト曲線の形状がビットコインマイニングにおいて特に重要であり、ハッシュレートに劇的な影響を与える理由を示しています。最初のケースでは、線形コスト曲線となり、ネットワークハッシュレートは、半減期によって約29%低下します。2 番目のシナリオは、現実的に形成される可能性のあるコスト曲線であり、半減期が、ネットワークハッシュレートに大きな影響を与え、47% の低下を招きます。3 番目のシナリオでは、半減によるネットワークハッシュレートの低下は、12%に留まっています。

2 – ビットコインマイニングコスト曲線シナリオ 1: 線形コスト曲線 (US$)

 

 

3 – ビットコインマイニングコスト曲線シナリオ 2: 「通常」コスト曲線 (US$)

 

 

4 – ビットコインマイニングコスト曲線シナリオ 3: 二次コスト曲線 (US$)

 

 

上記チャートには描かれていない、セクター全体に見られる同様のコストを考慮するためには、別のシナリオもあります。もちろん、すべてのマイナーが同じ限界コストで運営されていると仮定すると、ビットコインの価格が半分になれば、すべてのマイナーが同時にスイッチをオフにし、ネットワークは完全に停止することになります。幸いなことに、そのような業界構造が出現する可能性は低く、たとえそういう状態が生じたとしても、観念上のマイナーがネットワークを次の難易度調整へと推し進める可能性があります。

新たな平衡コスト曲線の計算

元のコスト曲線に一定値を掛け合わせると、新たな曲線が得られます。すなわち、古い曲線に一定の低減率を適用するのです。この値は、反復試行とエラーのプロセスを通じて、2 つの方程式における共通の未知数を解くことによって計算できます。元のコスト曲線に対する一定の低減率と、新しい曲線が示唆するハッシュレートの低減率があり、価格低下後の新たなビットコイン価格をコストが上回り、損失が発生しているマイナーは排除されます。私たちは、50%の低減率から始めて、両者のパーセンテージが一致するまで繰り返し数字を入れ替え、新たな理論的平衡難易度の低減率を明らかにしました。

現在、実際のビットコインマイニングコスト曲線はどのようなものか?

これまで、ネットワークハッシュレートに対する半減期の影響が、コスト曲線の形状によってどのように左右されるかを説明してきました。このため、コスト曲線の現在の形状を見極めることに興味がある人がいるかもしれません。ビットコインマイナーのほとんどが、コスト構造を開示していない民間企業であるため、これは特定するのが難しい指標です。これには4社の顕著な例外があります。それは、Hut 8、Hive、Bitfarms、Argo Blockchainです。しかし、これらの企業が占めている割合は、ネットワークのごく一部に過ぎません。

マイニング設備ブローカーの1つであるBlockware Solutionsは、最近、業界を8つのコスト層に分けて説明する、マイニング業界に関するレポートを発表しました。それには、電力コストの構造に関するデータが含まれています。データの精度を評価するのは困難ですが、数値を分析した上で、以下のコスト曲線を作成しました。下記チャートが示すように、適合線(赤)は、上記チャートのシナリオ1と同様、線形を示していると考えられます。

5 – 散布図 –kWhあたりの電力コスト(US$)対マイナーの割合

 

 

(出所: BitMEX Research、Blockware Solutionsからのデータ)
(注: Blockware Solutionsのデータは、最も安い層では0.025ドル以下、最も高い層では0.07ドル以上です)

私たちが、BlockwareのCEOであるMatt D’Souza氏にデータの完全性について質問すると、彼は次のように答えました。

 

私たちには、クライアントがいます。あるいは、マイナーかマイニングを行なっている国の大半に存在するマイニング・サービスプロバイダーと提携しています。私たちは中国と米国の主なマイニング施設を訪ねました。また、私たちにはマイニングプールがあり、他の大きなプールとも連絡を取っています。それぞれのコスト構造は異なります。私たちのレポートが層ごとに分析しているのはそのためです。kWhあたりの支払が全くないクライアントから、kWhあたりの支払が7%に上るクライアントまで様々です。だからこそ、私たちのレポートのデータは信頼できるのです。

 

– 出所:Blockware Solutions CEO Matt D’Souza氏          

上記のチャートは、従来のコスト曲線のように、ビットコイン1単位を生産するのに必要なコスト(米ドル)の分布を示すものではなく、電力コストの分布を示すものです。これは、Y軸を、1ビットコインを生成するためのコスト(米ドル)を表すようにすれば、曲線の形状を示すものとして利用できます。しかし、難易度は常に変化するため、エネルギーコストを使用する方が適切でしょう。

図 5 は、電力コストのみを考慮し、使用するマイニング ハードウェアの効率レベルの差の影響を無視したものです。このデータは、Blockwareレポートにおいても提示されているもので、BitmainのS9と、より効率的な最新のS17マシンとの間のネットワークの違いを分析しています。このデータの信頼性は低く、いくつかの過度な単純化に基づいている可能性はあるものの、以下のより詳細なコスト曲線を構築するために使用しました。下図6は、1テラハッシュアワーを生成するのにかかるコスト(米ドル)という点において、マイニング効率の分布を示す散布図です。

6 – 散布図マイニング効率曲線テラハッシュアワーあたりのコスト(US$)対マイナーの割合

 

 

 

(出所:BitMEX Research、データは Blockware Solutionsより取得)
(注: $0.025 kWH以下の層では、$0.0125kWH と仮定し、$0.07 kWH 以上の層では $0.08125 kWH と仮定しました。)

S字型のコスト曲線

資源分野における成熟鉱業の多くは、次の図に示すように、「S」字型のコスト曲線をとる傾向があります(下図7および8、上図1)。通常、左側には少数のユニークな低コスト資産が来ます。これらは、非常に有利な地質から恩恵を受けているものです。そして、中央には「通常の」マイナーの大部分が位置します。また、通常、コスト曲線の右側には、より高コストで、より限界的な、苦しい経営状態にある少数のマイナーが位置します。これらの多くは、価格バブル時に委託された、投機色の強いプロジェクトです。

7 – 火力石炭コスト曲線

 

 

(出所:フィナンシャルタイムス、 Macquarie)

8 – コバルトコスト曲線

 

 

(出所:Research Gate

上記図6は、この「S」字型パターンを既に示しています。資源分野でこの「S」字型を引き起こしている経済的要因が、ビットコインのマイニングにも当てはまる可能性があります。しかし、データポイントの数が限られているため、強力な結論を導き出すのは困難です。

この「S」字型は、ビットコインにとって何を意味するのでしょうか。それは、価格のわずかな変化に対しては、ハッシュレートは 3 番目のシナリオのように調整されるものの、価格のより大幅な下落 (半減期など)に対しては、ハッシュレートはシナリオ 2 のプロジェクトのように動くことを示唆しています。

コストカーブデータを半減期に適用する

業界はすでに「S」字型曲線に辿り着いていますが、話を分かりやすくするために、半減期の影響を評価するための近似モデルとして、線形モデルを使用することにしました。モデル線形シナリオ(図 2)では、最低コストをゼロと仮定していますが、これは、Blockware Solutionsのデータの線形最適適合線が示唆する内容とは異なります。そのため、新しいシナリオ(シナリオ 4)を作成しました。そこでは、最低コスト群が最高コスト群の 30% であり、Blockware Solutions のデータを適度にインライン化しています。この結果、下図 9 に示すように、インプライド平衡ハッシュレート低減率は34%になります。

9 – ビットコインマイニングコスト曲線シナリオ 4: 業界データに基づく(US$

 

 

結論

ビットコインのマイニング収益に関する情報の透明性が非常に高いことは明らかですが、コスト構造はやや不透明です。ビットコインが成功すれば、長期的には、マイニングが成長し、より多くの情報が一般に公開される可能性は高いと考えられます。そうなれば、アナリストは、コスト曲線に関する広範な調査・分析を行い、ビットコイン価格の変化や半減期がネットワークハッシュレートに及ぼす影響について、合理的に正確な予測を行うことができます。現在入手可能な情報が限られていることから、本レポートは、基本的にやや推測的なものだと言えます。しかし、このレポートの分析に基づけば、半減期が発生した場合、ネットワークハッシュレートが約30%から35%低下する可能性があると予測することはできます。

上記の予測には多くの仮定が含まれています。私たちは、ビットコイン価格が変わらないこと、すべてのマイナーが合理的であり、マイナーの大半がまだ赤字操業ではないことを前提としています。半減期後に確実に生じると見られる価格変動が激しい状況では、私たちの方法論と計算が正しかったかどうかを知ることさえできないかもしれません。しかし、私たちは、マイニングと半減期を評価するための有用な枠組みを導入できたと考えています。

私たちの見解では、半減期はマイニングに大きなストレスを与えると考えられます。一方、世界中の政府が、COVID-19の影響を軽減するための対策に取り組む様子を見る限り、他の多くの産業もまた同時に、困難な時代を迎えることになることが予想されます。