「Libra」: ザッカーバーグ氏、どうぞお手柔らかに

BitMEX 共同創業者兼 CEO Arthur Hayes デスクより

原文:Libra: Zuck Me Gently

後戻りができない重大な出来事がありました。Facebookは「Libra」を通じてデジタルアセット業界への進出を開始します。分析を始める前に、1つ明らかにしておきたいことがあります。それは「Libra」は、ディセントラライズ(非中央集権制/分散化)されたものでも、検閲耐性があるわけでもないということです。「Libra」は仮想通貨ではありません。「Libra」はすべてのステーブルコイン(価格安定型仮想通貨)を破壊するでしょうが、そんなことは誰も気にしません。私は、無名のスポンサーが、ブロックチェーン上で法定通貨のマネーマーケットファンドを創設することに価値があるのだと信じていた多くのプロジェクトには一切同情しません。

「Libra」は、商業銀行と中央銀行の地位を低下させる可能性があります。それは、デジタル法定通貨のための、ばかげた規制の多いウェアハウス(従来の銀行)の有用性を低下させる可能性があります。それはまさに、デジタル時代である今日において、そうした銀行に生じてしかるべき現象なのです。

なぜ商業銀行は存在するのか?

銀行は、人間社会に深刻な危険が存在する時期に発生したものです。封建時代のヨーロッパの農民たちは、おそらく夜明けから日暮れまで働いていたことでしょう。農民や農民の封建領主が集めたわずかな貯蓄は、常に狙われていました。お金は物理的なものですから、町の保護がない限り、盗まれる可能性が高かったのです。

資産の安全性は、従来の銀行にとって最も重要な価値提案でした。彼らは、物的資産と記録をその金庫に安全に保管することができました。このため、政府や富裕層は、お金と資産を銀行に預けました。銀行は大規模な信用ゲームに従事していましたし、今もそうです。だからこそ銀行の建物は、重厚な特徴を有しているのです。一世代後もあなたの資産は傷つくことなくそのままそこに存在し、すぐに使用できる状態にあるでしょう。

銀行は政府と連携し、クレジットを発行し、マネーサプライを拡大するためのライセンスを取得します。また、契約を履行させるために、政府の合法的な暴力に頼っています。銀行に仕返しをしてはいけません。担保に入っている資産が没収されてしまいます。万が一、あなたが裁判所に刃向かえば、政府に雇われた暴力団員が喜んであなたの首根っこを捕まえ、法に従わせるでしょう。

この10年間で、人間社会のお金と資産は、アナログからデジタルへと急速に移行しました。今やお金と所有権の表象は、馬によって運ばれるのではなく、電子的に移動するのです。資産とお金がデジタル化された現在、デジタル上のセキュリティではなく、物理的なセキュリティを提供する機関が必要でしょうか?

これまで見てきた通り、商業銀行はデジタル情報の保護に関してはひどい状況です。倒産しそうもない大手の銀行に行けば、必ず顧客データ「漏洩」の話を聞かされるでしょう(これは「あなたのデジタル資産を守る手段がない」という婉曲的表現です)。

顧客を有する者には皆価値がある

かつて銀行は、顧客に関する最も重要な情報を握っていました。彼らは、あなたの金銭に関する履歴を把握し、どこに住み、何を買ったかといった情報まで把握していました。

この10年間で、ソーシャルメディアを運営する会社は、ユーザーの自発的な行動を通じて、人類史上最も多くの個人情報を蓄積しました。私たちはFacebook、Instagram、Google、Twitter、WeChat、LINE、Kakao Talkなどに、生活上のあらゆる情報を提供しています。私たちはこうした企業によって管理されている集中チャットプログラムで、何十億ものメッセージを日々送っています。今、顧客を有しているのは彼らなのです。

消費者向けの現代的なテクノロジー企業は、最富裕層顧客たちのデータを何十億も保有しています。従来これらの企業は、商品を宣伝し、それらを販売することでお金を稼いでいました。しかし、そうした企業も、他のあらゆるビジネスと同様、いったん顧客の獲得に成功すると、金融サービスの提供を開始します。

Facebookには、毎日約20億人ものアクティブユーザーがいます。彼らの財産の金銭的実在を保有することは、完全に理にかなったことです。それが「Libra」なのです。

「Libra」の解体

「Libra」は、法定通貨バスケットを裏付けとしたステーブルコインです。法定通貨は、無駄な規制の多い商業銀行で保管されています。「Libra」は、少数の特権的な人々に、純資産総額(NAV)で「Libra」を創出し、償還する権限を与えます。「Libra」 は、特定の関係者が許可済みのノードを操作するブロックチェーンを利用しています。これらの関係者には、ベンチャーキャピタル会社、テクノロジー会社、小売業者、仮想通貨取引所が含まれ、なかでも重要なのは、商業銀行とクレジットカード処理会社が含まれていることです。

「Libra」は、短期国債または財団の理事会が許可するすべての対象に投資することができます。稼いだ収益は「Libra」の一般ユーザーには還元されませんが、ノード・オペレーターと「Libra」投資トークンの投資家には還元されます。この財団は、「Libra」エコシステムを統治する組織体です。財団のメンバーは、各メンバーが所属する産業とエコシステムへの経済的投資に基づいて選出されます。

「Libra」は、実世界のアイデンティティとアドレスとを関連付けません。ただし、資産を「Libra」に変換すると、間違いなく本人確認に遭遇するでしょう。また、はっきりさせておきたいことは、政府機関からの取引凍結要求に対しては、すべて法令を遵守するかたちで処理されます。したがって、薬物の購入に「Libra」を利用してはいけません。

消費者への影響

Facebookのユーザーの多くは、金融サービスの普及率が低い地域に住んでいます。 フィリピン人のヘルパーが、ヨーロッパで売られている商品を「Libra」で購入できる世界を想像してみてください。彼女は外国人労働者として働いており、銀行サービスに恵まれた環境にはいない可能性が高いのです。

したがって、通常ならインターネットを介して海外から商品を購入するのは困難でも、「Libra」ではそれが問題なくできるのです。

ヨーロッパの小売店は、すでに取り扱いのある法定通貨のバスケットで支払いを受け付けています。こうした取引は、InstagramやWhatsappなどのFacebookのソーシャルメディアの内部で完結することが可能です。

Facebookまたはそれが創設する新しい金融サービス会社は、販売時点で「Libra」建ての融資を行うことができます。ユーザーは登録すれば、Facebookがすべての個人情報を利用して、クレジットスコアを計算できるようにすることが可能です。Facebookは、そのクレジットスコアを使って、そのプラットフォームで販売している業者から商品を購入するために、あるレートで「Libra」を融資します。世界で最も貧しいメンバーであるヴォイラは、大量生産された中国の小物をクレジットで購入する喜びを味わうことができます。「パクスアメリカーナ(超大国アメリカによって維持されている平和)へようこそ!」というわけです

商業銀行への影響

商業銀行はお金を貸します。彼らは融資を行うために預金を集め、それを融資に利用します。残念ながらこのデジタル時代にあっては、預金者に関する最高の情報を握っているのはもはや彼らではありません。それを握っているのは、ソーシャルメディア会社です。

したがって、世界中に拡がるFacebook、Google、Alibabaの方が、商業銀行よりも安く低金利でローンを組むことができます。「Libra」やその他類似業者が登場することで、テクノロジー企業は、そのエコシステム内のデジタル法定通貨を利用して、クレジットを拡大し、最も収益性の高いすべての銀行商品を、はるかに低いコストで提供することができるのです。

これらのグローバルなハイテク企業のバランスシートには、融資するためのフリーキャッシュフローが何十億ドルもあります。

商業銀行は、問題となっているステイブルコインの準備資産のためのノード・オペレーターや法規制のあるウェアハウスになることはできます。これら2つの分野にはまだ経済的価値がありますが、消費者向けテクノロジー企業は、現在、最も収益性の高い金融商品を自ら販売しています。

どの銀行もこの点を肝に銘じておく必要があります。「Libra」とそのクローンは、彼らのビジネスモデルに対する実存的脅威なのです。銀行の利益の源泉が廃れるにつれ、多くのハイテク企業が力を増していくことでしょう。しかし、おそらく社会は、ある悪魔との取引を別の悪魔との取引に変えたに過ぎないのです。

中央銀行への影響

デジタル経済社会にあっては、商業銀行に現在のような規模は必要ありません。「Libra」では、Facebookが中央銀行の役割を担っています。「Libra」の準備金は、第三者である財団によって管理されています。その準備金管理者は、法定通貨の重み付けと、ファンドをどのように投資するかを決定します。中央銀行総裁の仕事によく似ています。

消費者向けハイテク企業は、自社のバランスシートから消費者に直接クレジットを発行できるようになりました。このモデルと従来のシステムとの唯一の違いは、今のところ商業銀行と同様、お金を実際に生み出すことができないということです。以下がその流れです。

  1. 法定通貨で利益剰余金を確保し、正規プライマリディーラーで「Libra」と交換します。
  2. 自社が提供する商品やサービスと引き替えに、「Libra」を顧客に貸し出します。
  3. 顧客から「Libra」+「Libra」建ての金利を獲得します。
  4. 公認の正規プライマリディーラーで、「Libra」を売却して、法定通貨を得ます。

マネーサプライは増加しません。これが、中央銀行の信用創造方法と異なる点です。中央銀行が貸付を行えば、多くの場合、マネーサプライは増加します。

なぜ世界経済の金融の健全性を管理するために、一部の不気味な年老いた人々を信頼するのでしょうか。Facebookのザッカーバーグ氏を信頼しましょう!

私は、米国下院金融サービス委員会に対する米国上院議員マキシン・ウォーターズのばかげた声明や行動には全く与しません。彼女や他の政府機関の懸念が爆発したのは、国民を慮る利他的な感情からではなく、むしろ彼らの私服を肥やし、その地位を維持している金融サービス業界が転覆することに対する恐れから生じたものです。

しかし逆に、政府機関が「Libra」に急いで警告を発したということは、このプロジェクトには人間社会にプラスに働く潜在的な価値があるということなのです。

「Libra」と金銭的プライバシー

おかしいのは、かなり多くの人々が、「Libra」が表明する可能性がある経済的自由の損失に対して、急いで不満を訴えようとしたことです。この恐れは見当違いで、金銭的なプライバシーは既に存在しませんし、デジタル金融システムの世界にも存在することはないでしょう。それがFacebookであろうと、米国連邦準備銀行であろうと、中国人民銀行であろうと、中央集権的な法定通貨の電子化がすぐそこまで来ているのです。いずれ現金は違法になるでしょう。

「Libra」がローンチされて良かったことは、金銭面のプライバシーの喪失について心配している人々が、オルタナティブ投資を模索せざるを得なくなった点です。好奇心旺盛な一般大衆が、この新しいデジタル時代の金銭面のプライバシーの安全性について熟考するにつれ、ビットコインやその他の仮想通貨は利益を得ることになるでしょう。

「Libra」とそれによって触発された議論は、ビットコインにとって最高のニュースです。20億人の人々が、自分たちの経済面を過剰にコントロールしている企業を今は受け入れていますが、将来は恐れることになるでしょう。ビットコインにとって、好奇心は最高の相場上昇要因です。

オーグメンティッドリアリティとバーチャルリアリティへの投資を通じて、Facebookは全く新たなデジタルワールドを創造しようと考えているようです。「Libra」は、この仮想的存在の原動力となる経済的なマナ(力)になり得ます。 私たちが仮想現実に夢中になっている間に、Facebookに心酔し過ぎて、物理的な私たちの身体がガチガチになってしまうようなことがありませんように。ザッカーバーグ氏よ、どうぞお手柔らかに。末永いおつきあいを。